「静かな退職」という言葉を初めて聞いたとき、
なんていい響きだろう、と思った。
仕事を辞めるわけじゃないけれど、全力で働くのはもうやめる。
必要以上の責任は負わない。
自分の時間と気力を守るために、あえて一歩引く。
「静かに、穏やかに、働き続ける」そんなイメージ。
ああ、これが今の私にぴったりだ。
そう思って、私は静かな退職を選んだ。
でも実際にやってみて、気づいてしまった。
…これ、全然「静か」じゃないんですよ。
表面上は、淡々と仕事をこなしているだけ。
だけど内側では、いろんな感情が渦巻いている。
たとえば、誰かが忙しそうにしていると、
「手伝わなくていいのかな」「冷たく思われてないかな」と不安になる。
かつての自分なら、「やりましょうか?」とすぐ言っていた。
でも今は、少し距離を取ることにしている。
それが“静かな退職”だから。
でも、その距離の取り方が合ってるのか、いまだによくわからない。
またある時は、急に振られた仕事に「え?なんで私?」と思いつつ、
「今まではやってくれてたよね?」という空気を感じると、
断り切れなかったりもする。
静かに働くって、こんなに気を使うんだ…
こんなに「心の中がザワザワすること」だったんだ…
やってみて初めて知ったことばかり。
そして何より、「静かな退職」をした自分自身に、
どこかでうしろめたさを感じてしまっている。
頑張ってない自分。
成長していない自分。
周りの評価を気にしてしまう自分。
「それでもいいじゃん」と思う日もあるけれど、
「このままでいいのかな」と思う日も、やっぱりある。
だけど、それでも私は静かな退職を続けている。
ザワザワしながらも、続けている。
もしかしたら、「静かな退職」って、
“外に向けて静かに見せる努力”なのかもしれない。
あれこれ考えて、気を使って、それでも距離を取る。
その選択には、それなりにエネルギーが要る。
…全然“静か”じゃないじゃん。
だけど、心と体を壊したくないと思った私には、
この「静かじゃない静かな退職」が、ちょうどいい。
人からどう見えるかより、自分がどう生き延びるか。
そう考えるようになっただけでも、
昔の自分とはちょっと違ってきた気がする。
今日もまた、ザワザワしながら、静かに働いています。
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