10月19日は「ほめ育の日」だそうです。
「ほめ育」という言葉、私は初めて知りました。
褒めて育てる、という意味なのでしょうか。
調べてみると、なかなか興味深い記念日でした。
そして、最近ちょっと嬉しかった出来事を思い出しました。
「ほめ育の日」とは?
「ほめ育の日」は、一般財団法人ほめ育財団が制定した記念日です。
同財団の代表理事である原邦雄さんが、2007年10月19日に「ほめ育」の活動を始めたことに由来しています。
2016年には、日本記念日協会に認定・登録されました。
「ほめ育」とは、その名のとおり、褒めることを通して人を育てる考え方です。
子どもの教育だけでなく、企業での人材育成にも取り入れられているそうです。
そして、この記念日には「一日一ほめ」という考え方があります。
毎日一つ、大切な人や自分自身を褒めてみようというものです。
なるほど。
毎日誰かを褒めるなんて、あまり意識したことがありませんでした。
思いがけないことで褒められた
先日、友人と二人でサッカー観戦に行きました。
試合が終わって、一緒に帰っていたときのことです。
友人から、こんなことを言われました。
「一緒だと帰りが楽」
ちょっと驚きました。
そんなことで褒められるとは、思ってもいなかったからです。
私は特に何かを頑張ったわけではありません。
無理に話題を探したり、相手を楽しませようとしたりしたわけでもありません。
試合が終わったら、二人でそのまま帰りました。
途中で食事をすることもなく、それぞれの予定もあるので、まっすぐ帰宅。
ただ、それだけです。
でも、友人にとっては、それが気楽だったようです。
そして、そんなふうにはっきり言ってもらえたことが、思いのほか嬉しかったのです。
自分では気づかない長所があるのかもしれない
褒められるというと、何かを頑張ったときや、成果を出したときを想像します。
仕事で良い結果を出した。
難しいことをやり遂げた。
誰かの役に立った。
そういうときに褒められるのは、もちろん嬉しいものです。
でも、今回の私は何も頑張っていません。
ただ、いつもどおりに過ごしていただけです。
それなのに、友人は私と一緒にいることを心地よく感じてくれた。
もしかしたら、自分では何とも思っていないところにも、誰かにとっての良さがあるのかもしれません。
そう思うと、なんだか少し得をしたような気分になりました。
大人になると、褒められる機会が少ない
子どもの頃は、何かができるようになると褒めてもらえます。
でも、大人になるとどうでしょう。
仕事では、できて当たり前。
家事も、やって当たり前。
日常生活の中で、わざわざ褒めてもらえることは、そう多くありません。
特に、長く仕事をしていると、褒められるよりも、できていないことを指摘される機会の方が多いような気もします。
だからこそ、何気ない一言が心に残るのでしょう。
今回、友人からもらった言葉も、特別に大げさな褒め言葉ではありませんでした。
でも、私には十分でした。
褒めることは、相手の良さを伝えること
今回の出来事で思ったのは、褒めるというのは、何も大げさなことでなくていいのだということです。
「一緒にいると楽」
「話しやすい」
「助かった」
「ありがとう」
そんな何気ない言葉でも、言われた人は嬉しくなるものです。
もちろん、無理に褒める必要はないと思います。
思ってもいないことを言われても、かえって戸惑ってしまいますから。
でも、相手の良いところに気づいたら、それを言葉にしてみる。
それだけでも、何かが変わるのかもしれません。
今日は自分も褒めてみようかな
「ほめ育の日」には、自分自身を褒めるという考え方もあるそうです。
自分を褒める。
これが、なかなか難しい。
人から褒められると嬉しいのに、自分で自分を褒めようとすると、何だか照れくさいものです。
でも、特別なことができなくてもいいのでしょう。
今日も会社に行った。
一日を無事に過ごした。
疲れていても、なんとかやるべきことをやった。
そんなことでも、十分なのかもしれません。
10月19日は「ほめ育の日」。
せっかくなので、今日は自分のことも一つくらい褒めてみようと思います。
そして、誰かの良いところに気づいたら、できるだけ言葉にして伝えてみたいです。
自分が思っている以上に、その一言が相手の心に残るかもしれませんから。





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