私が佐藤寿人選手を好きになった日。2007年J2降格直後の残留宣言

佐藤寿人選手 タオルマフラー サンフレッチェ広島

サンフレッチェ広島には、これまでたくさんの好きな選手がいた。

その中でも、佐藤寿人さんは特別だ。

たくさんゴールを決めてくれたからというのもある。

でも、私が佐藤寿人という選手を決定的に好きになったのは、ゴールを決めた試合ではない。

サンフレッチェ広島の、2回目のJ2降格が決まった日だった。

2007年、サンフレッチェ広島はJ2に降格した

2007年12月8日。寒い日だった。

京都サンガF.C.とのJ1・J2入れ替え戦を終え、サンフレッチェ広島のJ2降格が決まった。

もう19年近く前のことになる。

たしか入場料千円で、全席自由席だった。

早めに行って、メインスタンドのできるだけ前で応援した。

1点取って、試合に勝ちさえすればJ1残留だった。

惜しいシーンが何度かありながらも、最後まで得点は入らなかった。

あのときの何とも言えない不安な気持ちを覚えている。

J2に落ちる。

それだけでもショックなのに、私が気になったのは、

「選手たちはどうなるんだろう」

ということだった。

J1のクラブから声がかかれば、移籍してしまう選手もいるかもしれない。

来年、このメンバーで戦えるとは限らない。

特に主力選手たちが残ってくれるのかが、とても気になっていた。

待っていたのは「残ります」という言葉だった

選手には選手の人生がある。

プロサッカー選手として、より高いカテゴリーでプレーしたいと思うのは当然だ。

簡単に「残ってほしい」と言えることではない。

でも、当時の私はそんなふうに冷静には考えられなかった。

とにかく誰かに、

「自分は残る」

と言ってほしかった。

そんな中で、誰よりも早くその気持ちを示してくれたのが佐藤寿人選手だった。

降格したその日の言葉

当時の佐藤寿人は、ただの主力選手ではなかった。

2005年、2006年と2年連続でJ1の日本人得点王に輝き、日本代表にも選ばれていた。

2007年もリーグ戦全34試合に出場し、12得点。

まだ25歳だった。

これからのサッカー人生を考えれば、J1のクラブへ移籍するという選択肢もあったはずだ。

そんな選手が、降格が決まったその場で、サポーターに向かって叫んだ。

「絶対に1年で戻ろう!」

契約交渉が終わってからでもない。

移籍先を検討してからでもない。

降格が決まった、まさにその瞬間だった。

このシーンをテレビで見たとき、とにかく驚いた。

「佐藤寿人選手が残ってくれるんだ」

ものすごくうれしかった。

正直に言えば、最も移籍してしまう選手かもしれない、とさえ思っていた。

ベガルタ仙台から移籍してこられて、3シーズン目の選手だ。

実績もすごい。J2でプレーする選手では、たぶんない。

客観的に考えると、J2で1年プレーするのはもったいないのではないか、とも思った。

「こんなすごい選手が残ってくれるんだ」

「一緒にJ1に戻ろうとしてくれているんだ」

信じられないくらいだった。

残留してくれるという事実だけがうれしかったのではない。

一番不安なときに、いち早く態度を示してくれたことがうれしかったのだ。

サポーターが不安になっているときに、自分の去就について含みを持たせるのではなく、「一緒に戻ろう」とストレートに言ってくれた。

それが私にはものすごく大きかった。

この日から、私は佐藤寿人の熱烈なファンになった。

できればユース出身選手に言ってほしかった気持ちも

一方で、当時の私は他の選手のことも、気になっていた。

特に、広島ユース出身の選手たちのことだ。

私は勝手に、

「ユース出身の選手たちも、すぐに残ると言ってくれるはず」

と思っていた。

ところが私の記憶では、すぐにはそういう言葉が聞こえてこなかった。

情報を知らなかっただけかもしれない。

記憶違いかもしれない。それに、今振り返れば、私が勝手に期待していただけのことだ。

実際にはほとんどの選手が広島に残り、2008年のJ1復帰に貢献してくれた。

でも、だからこそ、他のチームから移籍してこられた寿人選手が、

最初に残留をはっきり表明されたことが、すごいことだと思った。

19年近くたって、あらためて調べてみた

最近ふと、このときのことを思い出した。

でも、あまりにも昔の話だ。

「私の記憶、美化されてない?」

と思って、あらためて調べてみた。

すると、サンフレッチェ広島も後に、2007年のJ2降格時に佐藤寿人選手が「いちはやくチーム残留を表明してくれた」と振り返っていた。

やっぱりそうだったんだ。

しかも寿人選手には、J1クラブから金銭的にも魅力的なオファーがあったという。

それでも広島に残ってくれた。

寿人さんは後に、2007年シーズンに自分自身が11試合無得点だったことにも触れ、広島に残って1年でJ1に復帰させなければいけないと思っていたと振り返っている。

あのときはそこまでは知らなかった。

ただ、降格が決まった試合ですぐに

「絶対に1年で戻ろう!」とサポーターに言ってくれた寿人選手をテレビで見て、

「この選手についていこう」「この選手は特別だ」

そんな気持ちになった。

うまいから好きになるとは限らない

考えてみると、選手を好きになる理由って面白い。

ゴールをたくさん決めるから。

プレーがうまいから。

顔が好きだから。

キャラクターが好きだから。

いろいろある。

でも私の場合、佐藤寿人を決定的に好きになった理由は、そのどれでもなかった。

チームが一番苦しいときに、

「自分はここにいる」

という覚悟を、誰よりも早く見せてくれたからだった。

2008年、サンフレッチェ広島は圧倒的な強さでJ2を制し、わずか1年でJ1に戻った。

その後、クラブは3度のJ1優勝を経験することになる。

あの降格の日には、そんな未来が待っているなんて想像もできなかった。

ただ悲しくて、不安だった。

そんな日に、寿人さんは言ってくれた。

「絶対に1年で戻ろう!」

19年近くたった今でも、あの場面を鮮明に覚えているのだから、私にとっては、よほど大きな言葉だったのだと思う。

そして今も、私が佐藤寿人という選手をずっと特別に思っている理由は、

その後の優勝に導いた活躍よりもなによりも、あの日にある。

プロフィール
この記事を書いた人
たけのこ

50代女性会社員です。子育てがひと段落し、趣味を楽しみながら定年までの会社員生活を過ごしています。
趣味はサンフレッチェ広島を中心としたJリーグ観戦。最近はWEリーグも気になり始めました。その他、好きなYoutuberさんの話など、日々気になったことを綴っています。

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