先日、就職活動中の子どもと話していたときのことです。
何気ない会話の中で、子どもがAIサービスに課金していることを知りました。
月額は、3000円ほどだそうです。
思わず、「えっ、課金しているの?」と聞き返してしまいました。
働いている私は、AIサービスに課金しようかどうかをずっと迷いながら、いまだに無料で使える範囲にとどまっています。
それなのに、まだ学生である子どもが、毎月3000円を支払って利用している。
なんとも複雑な気持ちになりました。
月3000円を高いと思う私
月に3000円。
一度きりなら、それほど大きな金額ではないかもしれません。
けれど、毎月となると年間で3万6000円です。
そう考えると、やはり簡単に払える金額ではない気がします。
私は何かのサービスに課金するとき、つい考えすぎてしまいます。
本当に毎月使うだろうか。
無料版でも十分ではないだろうか。
使わなくなったのに、解約を忘れて払い続けることにならないだろうか。
そんなことを考えているうちに、結局課金しないまま時間が過ぎていきます。
動画配信サービスやアプリなども同じです。
興味はあっても、「なくても困らない」と思うと、最後の一歩が踏み出せません。
お金を使わないことは、確実に損をしない方法です。
けれど同時に、何かを得る機会も逃しているのかもしれません。
就活に必要だから使っている
子どもに聞いてみると、そのAIサービスは就職活動のために使っているそうです。
企業について調べたり、エントリーシートを考えたり、文章を整えたり、面接の準備をしたり。
かなり頻繁に使っていて、利用上限に達することも多いと言っていました。
そこまで使っているのなら、少なくとも無駄遣いではなさそうです。
月3000円で、考えを整理する手助けをしてもらえたり、自分一人では気づかなかった視点を得られたりするのなら、就職活動の費用としては高くないのかもしれません。
もちろん、AIが就職先を決めてくれるわけではありません。
最後に考え、選び、言葉にするのは本人です。
それでも、一人で悩み続けるより、相談相手のように使えるものがあるのは心強いでしょう。
就職活動は、正解がわからないまま自分を評価され続ける時間でもあります。
不安になったとき、すぐに質問できる相手がいる。
文章を何度でも見直してもらえる。
時間を気にせず、面接の練習にも付き合ってもらえる。
そう考えると、月3000円以上の価値を感じる人がいても不思議ではありません。
世代でお金の使い方は違うのかもしれない
私の世代は、形のないものにお金を払うことに、まだ少し抵抗があるのかもしれません。
本や服、家電なら、買ったものが手元に残ります。
けれど、デジタルサービスは何も残りません。
解約すれば、その瞬間から使えなくなります。
だから、もったいないような気がしてしまいます。
一方、子どもたちの世代にとっては、便利なサービスに月額料金を払うことは、ごく普通のことなのかもしれません。
音楽も、動画も、ゲームも、データを保存する場所も、月額料金で利用する時代です。
物を所有することよりも、必要な機能を必要な間だけ利用する。
そういう感覚が、私よりも自然に身についているのでしょう。
もっとも、若い人だから何でも気軽に課金しているわけではないと思います。
子どもなりに、自分に必要なものを考えて選んだのでしょう。
少なくとも、ほとんど使わないサービスに毎月払っているのではなく、利用上限に達するほど活用しているのです。
そうであれば、むしろ上手なお金の使い方なのかもしれません。
使うかわからないから課金できない
一方で、私は今でも迷っています。
AIサービスを使う機会は増えています。
ブログの文章を考えるときにも使えますし、タイトル案や構成を出してもらうこともできます。
わからないことを調べたり、考えがまとまらないときに話を聞いてもらったりすることもあります。
それでも、「無料でも少しは使えるから」と思ってしまいます。
課金したところで、本当に今以上に使うのだろうか。
月3000円分の価値を得られるのだろうか。
そんなふうに、払う前から元を取ることばかり考えてしまいます。
しかし、よく考えると、すべての出費にわかりやすい元が取れるわけではありません。
一冊の本を読んでも、すぐ収入が増えるわけではありません。
旅行に行っても、使ったお金が戻ってくるわけではありません。
それでも、考え方が変わったり、気持ちが軽くなったり、思い出が残ったりします。
お金を払った結果、必ず目に見える利益が必要なわけではないのでしょう。
使い方によっては、プライスレスになる
AIサービスも、ただ文章を作ってもらうだけなら、月3000円は高いと感じるかもしれません。
けれど、自分では言葉にできなかった気持ちを整理できたり、新しいことを始めるきっかけをもらえたりするなら、価値は金額だけでは測れません。
一人で何時間も悩んでいたことが、短時間で整理できるかもしれません。
諦めかけていた文章が、誰かに読んでもらえる形になるかもしれません。
ぼんやり考えていたことが、ブログや動画や作品になることもあります。
そう考えると、使い方によっては、月3000円からプライスレスなものが生まれる可能性もあります。
子どもは、就職活動のためにAIを使っています。
私は、文章を書いたり、自分の気持ちを整理したり、新しい挑戦をしたりするために使えるかもしれません。
目的は違っても、自分一人では進めなかった場所へ進むための道具、という点では同じです。
私も一度、踏み出してみようか
子どもがAIサービスに課金していると知ったとき、最初は驚きました。
学生なのに、毎月3000円も払うなんて。
そんなふうに思いました。
けれど、話を聞くうちに、少し見方が変わりました。
必要だから使う。
使うから払う。
とても単純で、合理的な判断です。
それに比べて私は、使う前から損をしないことばかり考えています。
もちろん、無理に課金する必要はありません。
無料で足りているのなら、それで十分です。
けれど、「もったいない」という気持ちだけで、新しい可能性を閉じてしまうのも、少しもったいない気がしてきました。
月3000円で何ができるのか。
どこまで使えるのか。
一度試してから考えても遅くないのかもしれません。
子どもの就職活動の話を聞いていたはずなのに、いつの間にか、自分のお金の使い方について考えていました。
若い人に教えるつもりでいても、教えられるのはこちらのほうだったりします。
私もそろそろ、無料の範囲から一歩踏み出してみてもよいのかもしれません。





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