『Tシャツが乾くまで』第9話を見終わって、正直、何を考察したらいいのか分からなくなった。
咲子がバツ4。
しかも、井ノ原快彦さん演じる篤彦は、咲子の最初の夫だった。
充が一年間も失踪していたことさえ、一瞬かすんでしまうほどの情報量だ。
このドラマには普通の人はいないのか。
そんな気持ちにもなった。
世間の感想を見ても、「バツ4は想定外だった」「イノッチまで元夫だったとは」「充より咲子の方がすごかった」と、驚いた人が多かったようだ。
一方で、終盤になって次々と新しい事実が出てきたため、「急にコメディのようになった」「人物が変わりすぎて、もうついていけない」と戸惑う声もあった。
これはこれで面白い。でも…
まさか、ここまでコメディっぽくなるとは思わなかった。
私は第7話までの雰囲気が好きだった。
失踪していた充が帰ってきて、樹生と咲子と充の関係がどう動いていくのか。
できれば、もう少しシリアスな雰囲気の中で見てみたかった。
もちろん、今も三人の関係がどうなるのかは気になっている。
ただ、第9話で、咲子が好きなのは充なのだと、かなりはっきりした。
そのため、咲子が充と樹生のどちらを選ぶのかという興味よりも、咲子と充の夫婦がこれからどうなるのかに、関心の中心が移ったように感じる。
これはこれで気になる。
けれど、「三人はどうなるのだろう」という、第7話までに感じていた緊張感が少し薄れたのは、正直なところだ。
それでも、咲子の4回の離婚について少し整理してみると、最後の「別れよっか」が、ただの5回目の離婚とは違って見えてきた。
咲子は、4人の夫を捨てたわけではなかった
咲子は、22歳、25歳、28歳、29歳のときに結婚している。
4回とも咲子からプロポーズし、最後には相手から「別れてほしい」と言われて離婚したそうだ。
「飽き性で、新しいものが好きで、切り替えが早い」
そんな咲子の性格も語られたため、最初は咲子が次々に夫を替えてきたように感じた。
けれど、実際は逆だった。
咲子は4人の夫を自分から捨てたのではなく、4人全員から別れを告げられていた。
咲子には、幸せな家庭を作りたいという気持ちが強くあったようだ。
結婚するたびに、相手に合わせて服装や髪形まで変え、理想の妻になろうとしていた。
それでも、うまくいかなかった。
バツ4という数字だけを見ると、咲子は人との関係を簡単に切れる人のように見える。
でも本当は、家族になろうと頑張りすぎて、そのたびに選ばれなかった人なのかもしれない。
そう考えると、咲子の見え方が少し変わった。
充との結婚だけは、これまでと反対だった
過去4回の結婚では、咲子が自分からプロポーズし、最後は相手から別れを告げられた。
ところが、充との結婚は違う。
充は、咲子にとって初めて、自分からプロポーズしてくれた人だった。
そして二人は、10年間夫婦として暮らしてきた。
その結婚の最後に、今度は咲子が「別れよっか」と言う。
これまでとは、プロポーズと別れの向きが反対になっている。
私はここが、第9話で一番大切なところではないかと思った。
咲子の「別れよっか」は、5回目の同じ失敗ではない。
これまで家族を作るために、自分から相手を求め、相手に合わせ続けてきた咲子が、初めて自分の苦しさを基準にして選んだ言葉に見えた。
咲子は、充を嫌いになったわけではない。
樹生に対しても、充のことを大切で、好きだと話していた。
それでも、充と一緒に生活するより、樹生といる方が「楽」だと言った。
好きな人と一緒にいることが、必ずしも楽とは限らない。
大切だからこそ嫌われたくなくて、相手の言葉や行動が気になり、無理をしてしまうこともある。
咲子は充を失いたくないからこそ、夫婦として一緒にいることが苦しくなったのではないだろうか。
「ありがとう」が増えたのに、なぜ苦しくなったのか
秘密が明らかになったあと、充と咲子は、言うべきことは言おうと決めた。
二人の間では、「ありがとう」という言葉も増えた。
充は毎日のようにフィナンシェを持って帰り、咲子の好みに合わせてご飯を炊く。
表面だけを見れば、以前より優しく、仲の良い夫婦になったように見えた。
けれど、咲子は「生活って、こんなに頑張るものだっけ」と言う。
私は、この言葉がとても印象に残った。
たまにもらうフィナンシェなら、うれしい。
でも毎日になると、それは特別なものではなくなる。
相手を思いやることも、本来は良いことだ。
けれど、「また嫌われるかもしれない」「またいなくなるかもしれない」という恐れから気を遣い続けると、生活は共同作業ではなく、間違えないように答える試験のようになってしまう。
充も、咲子に嫌われないように頑張っていた。
咲子も、充がまた消えないように気を遣っていた。
二人とも相手を大切にしようとしているのに、その優しさによって苦しくなっていく。
第9話で描かれていたのは、優しさが足りない夫婦ではなく、優しくし続けなければ保てない夫婦の苦しさだったのかも。
最後の「今までありがとう」は、それまで二人の間で増えていた「ありがとう」の行き着く先だった。
感謝の言葉なのに、この場面では、相手との間に距離を置く言葉に変わっていた。
篤彦が元夫だった意味
篤彦が咲子の最初の夫だったことには、本当に驚いた。
ただ、最初の驚きが落ち着いてから考えると、篤彦は最終回を考える上で、かなり重要な人物なのかもしれない。
咲子と篤彦の結婚生活は終わっている。
それでも二人は、今も友人としてつながっている。
咲子は苦しくなったとき、最初の夫である篤彦のところへ行った。
復縁したいからではなく、女性を演じなくてもよい相手であり、若い頃の自分を知っている人だったからではないだろうか。
篤彦と咲子を見ていると、離婚は、必ずしも相手との関係が完全になくなることではないと分かる。
夫婦という形ではうまくいかなくても、大切な人として関係を残すことはできる。
篤彦は、咲子と充の最終回の答えそのものではなく、「別れても、すべてが終わるとは限らない」という可能性を先に見せている人なのかもしれない。
充と咲子は、やはり似た者夫婦だった
篤彦は、充に対して、被害者のような顔をするなという意味のことを言った。
この場面には、よく言ってくれたと感じた人も多かったようだ。
咲子が過去を隠していたことに、充が傷つく気持ちは分かる。
でも充は、一年間、何も言わずに咲子の前から消えた。
咲子が秘密を言えなかったことと、充の失踪を同じにすることはできない。
それでも、二人には似ているところがある。
充は、相手を嫌いになってしまう前に姿を消す。
咲子は、充を好きなのに、一緒に生活することが苦しくなり、夫婦という形から離れようとする。
行動の責任や重さは違う。
けれど二人とも、相手とぶつかって関係そのものを壊してしまう前に、距離を取ろうとしているように見える。
第9話で初めて、逃げるのは充だけではなくなった。
咲子もまた、好きな人を嫌いにならないために、逃げようとしているのかもしれない。
だから二人は、「似た者夫婦」だったのだろうか。
壊れたのは夫婦ではなく、フィルターなのかもしれない
第9話では、乾燥機のフィルターが壊れた。
これまでの話でも、「好きな人フィルター」という言葉が出てきた。
咲子は、充に好きな人フィルターをかけていた。
充もまた、咲子の見せている部分だけを見て、咲子を分かったつもりになっていたのかもしれない。
そのフィルターが、第9話で文字どおり壊れる。
ただ、充は乾燥機そのものを捨てようとはしなかった。
部品だけ注文できないかと考え、洗濯物自体は大丈夫だと確認した。
私は、この場面に少しだけ希望を感じた。
フィルターが壊れたからといって、乾燥機まで捨てる必要はない。
同じように、これまでの夫婦の見方やルールが壊れたからといって、二人の10年間や愛情まで、すべてなかったことにする必要はないと思う。
壊れた部品だけを替えるように、夫婦の形や距離を変えることはできる。
元通りにはならなくても、別の関係として組み直すことはできる。
篤彦と咲子の関係を見ていると、その可能性はあるように思う。
咲子の「別れよっか」は、初めて自分で選んだ言葉だったのか
第9話を見た直後、私は「また5回目の離婚になるのか」と思った。
でも、過去4回とは違う。
過去の咲子は、自分から結婚を申し込み、最後には相手から別れを告げられていた。
今回は初めて、咲子が自分から終わりを口にした。
それは、家族を簡単に捨てた言葉ではなく、家族でいるために自分を変え続けてきた咲子が、初めて「無理をしないこと」を選んだ言葉なのかもしれない。
最終回で二人が本当に離婚するのかは分からないが、
一度離れて、別の距離からつながり直すのかもしれない。
離婚せず、互いに逃げられる余白を残した新しいルールを作るのかもしれない。
樹生と恋愛関係になる可能性も、まったくないとは言えない。
ただ、咲子がすぐに充から樹生へ乗り換えるような結末ではない気がする。
咲子が樹生といると「楽」なのは、新しい恋だからというより、樹生の前では理想の妻を演じなくてよいからではないだろうか。
最終回で咲子が選ぶのは、誰と一緒にいるかということ以上に、これから誰の前で、どんな自分として生きるのか、なのだと思う。
変わった人ばかりで、誰のことも完全には理解できない。
けれど、このドラマは最初から、分かりやすい良い人や悪い人を描こうとしていなかったのだろう。
人は、関係や見る人によって、全く違う顔を見せる。
分からない人を、分からないまま見つめる。
『Tシャツが乾くまで』は、最後までそんなドラマなのだと思う。




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