『Tシャツが乾くまで』第6話。
今回も、すごく面白かったです。
そしてたぶん今回、見た人から一番いろいろ言われるのは、充なんじゃないかと思います。
1年間、妻に何も言わずにいなくなった。
咲子は充が死んだと思っていた。
生きているとわかってからも、ずっと探していた。
長野の実家まで行ったのに、母親には「知らないふりをして」と頼んでいた。
そこまでして逃げていたのに、戻ってきた充は、思った以上に普通でした。
ものすごく申し訳なさそうにしているわけでもない。
咲子の気持ちを全部受け止めようとしているわけでもない。
むしろ、
「え、そこでそんなこと言う?」
と思うような言動まであります。
実際、ネット上でも、
「何しに帰ってきたんだ」
「自分のことを棚に上げすぎ」
「怖い」
「よくわからない人」
と、かなり厳しい感想が出ていました。
わかります。
普通に考えたら、そうなると思います。
それなのに私は、充を見ながら、
なんとなく気持ちがわかる。
と思ってしまいました。
「逃げるなら今だ」
第6話では、充がなぜあずさと長野へ向かっていたのかがわかりました。
疎遠になっていた両親に会いに行くのが心細くて、あずさについてきてもらった。
ところが途中のサービスエリアで、充は、
「逃げるなら今だ」
と思ってバスを降ります。
一見すると、
「何から逃げるの?」
です。
両親に会うことから?
あずさから?
それとも、それまでの自分の生活全部から?
よくわかりません。
でも私は、ここでひとつ気になったことがあります。
充がカレーパンを買ってバスに戻ってきたとき、
あずさは眠っていたのではないでしょうか。
だから充は、
「今なら逃げられる」
と思ったのではないか。
あずさが起きていたら、
「僕、ここで降りるから」
なんて言えなかった。
「どうしたの?」
「なんで?」
「一緒に長野へ行くんでしょう?」
と聞かれる。
引き止められるかもしれない。
説明もしなければならない。
でも、あずさが眠っている今なら、
何も言わずに消えることができる。
だから、
「逃げるなら今だ」
だったのではないかと思いました。
なぜ荷物を置いていったのか
もうひとつ気になるのが、
充が身の回りの物をバスに置いたまま降りたことです。
本気で逃げるなら、
荷物を持って降りればいい。
普通ならそう思います。
でも私は、
逃げるために、あえて荷物を置いていったのではないか
と考えました。
荷物ごとなくなっていたら、目を覚ましたあずさにはすぐにわかります。
「充は、自分の意思でバスを降りた」
と。
でも荷物が残っていたらどうでしょう。
「トイレから戻ってきていないのかもしれない」
「何かあって、バスに乗り遅れたのかもしれない」
と思うかもしれません。
つまり充は、
逃げたことすら、あずさに知られたくなかったのではないでしょうか。
「僕はあなたを置いて逃げます」
と意思表示することからも、逃げたかった。
そこまで考えていたのかはわかりません。
でも、充という人を見ていると、
なんとなく、ありそうな気がするのです。
もしかして、事故にもつながっている?
ここからは完全に私の予想です。
あずさが眠っていたとします。
目を覚ます。
隣に充がいない。
でも荷物は残っている。
だったら、
「充がまだ戻ってきていない」
と思うのではないでしょうか。
もうバスはサービスエリアを出ている。
あずさは慌てる。
バスの運転手さんに、
「一緒に乗っていた人がいません」
と伝えるかもしれません。
運転手さんも、
「乗客を一人置いてきてしまった」
と思って動揺する。
そして、その混乱や動揺が事故につながった。
そんな可能性はないのでしょうか。
もちろん、今の段階では何の根拠もない、私の想像です。
事故の直接的な原因は全く別にあるかもしれません。
ただ、もしそうだったとしたら、
充がその後消えてしまったことの意味も、少し変わってくる気がします。
充は、
「あのとき、自分が逃げなければ」
と思ったのではないでしょうか。
自分がバスを降りた。
あずさが騒いだ。
その結果、事故が起きた。
もし充本人がそう考えているのだとしたら。
もともと両親に会うことからさえ逃げたかった人が、
そんなことを抱えて、
何事もなかったように家に帰れるでしょうか。
むしろ、
ますます誰にも会えなくなった。
そんなふうにも考えられます。
それでも、1年間連絡しないのはひどい
もちろん、
だから充は悪くない、
と言いたいわけではありません。
1年間、妻に何も言わない。
自分が生きていることさえ知らせない。
咲子がどれだけ心配するのかもわかっていたはずです。
これはどう考えても、ひどいです。
咲子の立場になれば、
「何があったとしても、一言くらい連絡できたでしょう」
と思います。
私もそう思います。
ただ、人間って、
正しい行動がわかっているから、その通りに動けるとは限らないんですよね。
連絡したほうがいい。
説明したほうがいい。
謝ったほうがいい。
頭ではわかっている。
でも、できない。
時間がたてばたつほど、さらにできなくなる。
そういうことは、ある気がします。
だから私は、
充の行動には共感できないのに、
充がどんどん戻れなくなっていく感覚なら、
少しわかる気がするのです。
「不倫じゃない証拠は?」は、ものすごく嫌だけど
そして今回、
「いやいやいや、あなたがそれを言う?」
となったのが、最後の場面です。
樹生は、充とあずさが不倫関係だったのではないかと疑います。
充は否定する。
でも樹生は納得できない。
そこで充は逆に、
咲子と樹生はどういう関係なのかと尋ねます。
二人は、
似た状況だったから助け合っていただけだと説明します。
すると充は、
「不倫じゃない証拠は?」
と返す。
いや、腹が立ちます。
そもそも、あなたがいなくなったから、この二人は出会ったんですけど。
と私も思いました。
でも。
一瞬、
「あれ?」
とも思ったのです。
充の言っていること自体は、間違っていない?
私たち視聴者は、咲子と樹生のことをずっと見ています。
どうやって知り合ったのか。
どうして会うようになったのか。
二人がそれぞれ何を抱えていたのか。
それを知っています。
だから、
「二人は不倫している」
とは思っていません。
でも、その関係を全く知らない人に、
「不倫じゃない証拠を出してください」
と言われたらどうでしょう。
意外と難しい。
二人で何度も会っている。
家にも行っている。
夜にも会っている。
かなり深い話もしている。
しかも樹生は、咲子に対して何らかの特別な感情を持っているようにも見えます。
これを外から見ただけなら、
「本当にただの友達?」
と思う人がいても不思議ではありません。
そう考えると、
充とあずさについても同じなのかもしれません。
男女二人で一緒に長野へ行った。
だから不倫。
そう決めつけることはできない。
充は、それを言いたかったのでしょう。
めちゃくちゃ嫌な言い方でしたけど。
私がわかるのは「行動」ではなく「気持ち」
ここまで考えて、
自分がなぜ充のことを、
「なんとなくわかる」
と思ったのか、少しわかった気がします。
私は、
充がしたことを「仕方ない」と思っているわけではありません。
自分も同じことをすると思っているわけでもありません。
ただ、
逃げたくなること。
説明することからも逃げたくなること。
時間がたつほど戻りにくくなること。
自分でもなぜそんなことをしたのか、うまく説明できないこと。
そして、
「あなたはこういう人なんでしょう?」
と決めつけられたとき、
「本当にそうなの?」
と反発したくなること。
そういう気持ちなら、
少しわかる。
たぶん私は、
充の「行動」に共感しているのではなく、
その奥にあるかもしれない感情に、
引っかかっているのだと思います。
人間は、自分のことを全部説明できるわけじゃない
充について、
「よくわからない人」
という感想が多いのも、すごくわかります。
でも私は、
そこがこのドラマの面白さなのかもしれないと思っています。
ドラマの登場人物なら、
「実はこういう理由がありました」
と説明されて、
「ああ、だからだったのね」
と全部納得できそうなものです。
でも充は、そうならない。
理由を聞いても、
まだよくわからない。
むしろ、新しいことがわかるほど、
さらに疑問が増える。
でも現実の人間も、
案外そうなのかもしれません。
本人だって、
自分がなぜあのときあんなことをしたのか、
全部きれいに説明できるとは限らない。
感情と行動が一致しないこともある。
正しいとわかっていることができないこともある。
だから私は、
充を「ひどい人」で終わらせることができません。
行動はひどい。
言い方もひどい。
咲子が怒るのは当然。
それでも、
「なんとなくわかるんだよなあ」
と思ってしまいます。
そして今回、一番気になっているのは、
あのバスの事故です。
充がバスを降りたことと事故は、本当に無関係なのか。
カレーパンを買って戻ったとき、あずさは眠っていたのか。
なぜ荷物を置いたまま降りたのか。
充は、事故について何を知っているのか。
このあたりがわかったとき、
今の充の見え方が、また大きく変わるような気がしています。
第6話まで見ても、
まだ充のことはよくわかりません。
でも今は、
その「よくわからなさ」が、
ものすごく面白いです。




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