ぷよぷよで金メダル!?Windows 95で遊んでいた私が知らなかった『その後のぷよぷよ』

雑記

YouTubeを見ていたら、ちょっと信じられないような言葉が目に入った。

「ぷよぷよで金メダル」

え?

ぷよぷよって、あの「ぷよぷよ」?

同じ色のぷよを4つつなげて消して、「ファイヤー!」「アイスストーム!」なんて言いながら連鎖させていた、あのぷよぷよ?

私は昔、ぷよぷよが大好きだった。

Windows 95のパソコンでもよく遊んだし、その後はニンテンドーDSでも遊んだ記憶がある。

とにかく面白かった。

単純なのに、やり始めるとなかなかやめられない。

うまく連鎖がつながったときの気持ちよさも覚えている。

そして広島に住んでいる私にとって、「ぷよぷよ」にはもう一つ懐かしい記憶がある。

確か広島には、ぷよぷよのお店があった。

そして「ぷよまん」という、ぷよぷよの形をしたおまんじゅうもあった。

ところが、そのぷよぷよを作っていた会社は、その後なくなったと聞いたような気がする。

だから私の中では、ぷよぷよはどちらかというと「昔よく遊んだ懐かしいゲーム」だった。

それが2026年。

YouTubeを見たら、

ぷよぷよで金メダル。

しかもゲーム大会の優勝を「金メダル」と呼んでいるわけではない。

アジア競技大会の正式なメダル種目だった。

これは一体どういうことなのだろう。

気になって調べ始めたら、私が知らなかった約30年間に、ぷよぷよはものすごい道を歩いていた。

2026年、11歳の日本人選手が「ぷよぷよ」で金メダル

まず、私がYouTubeで見かけたニュースから。

2026年9月26日、第20回アジア競技大会(愛知・名古屋2026)のeスポーツ競技「Puyo Puyo Champions(ぷよぷよeスポーツ)」で、日本代表の栗原悠輝選手が金メダルを獲得した。

しかも栗原選手は、まだ11歳。

準々決勝ではシンガポール代表に5-0。

準決勝ではタイ代表に10-1。

決勝では韓国代表に10-2。

見事な成績で優勝し、11歳3か月でアジア大会史上最年少の金メダリストになったという。

「ぷよぷよがうまい11歳の子がゲーム大会で優勝した」

という話ではない。

アジア各国・地域の代表選手が参加するアジア競技大会で、日本代表として戦って獲得した金メダルなのだ。

私がWindows 95のパソコンの前で遊んでいたぷよぷよが、そんなところまで行っていたとは。

まったく知らなかった。

そもそも、ぷよぷよは広島と深い関係がある

ここで昔の記憶をたどってみた。

「ぷよぷよって、広島の会社が作っていたよね?」

調べてみると、やはりそうだった。

ぷよぷよを生み出したのはコンパイルというゲーム会社。

初代「ぷよぷよ」が発売されたのは1991年。

MSX2版とファミコンディスクシステム版が登場し、翌1992年にはセガからアーケード版とメガドライブ版が発売された。

同じ色のぷよを4つ以上つなげると消える。

連鎖すると相手の画面に「おじゃまぷよ」が落ちる。

ルールだけならとても簡単だ。

ところが、やってみると奥が深い。

それまで一人で高得点を目指すイメージが強かった「落ちものパズル」に、本格的な対戦の面白さを持ち込んだことも、ぷよぷよが大ヒットした理由の一つだったようだ。

そして、このコンパイルは広島に拠点を置いていた会社だった。

だから広島に住んでいた私たちにとって、ぷよぷよは全国的な人気ゲームであると同時に、どこか身近な存在でもあったのだと思う。

そうそう、「ぷよまん」があった

ぷよぷよのことを考えているうちに、もう一つ思い出した。

ぷよまん。

ありましたよね。

ぷよぷよの形をしたおまんじゅう。

記憶違いではなかった。

コンパイルは1994年に「元祖ぷよまん本舗」をオープンし、ぷよぷよのキャラクターを使った商品を販売していた。

当時の記事を探してみると、「元祖ぷよまん本舗」は広島にも店舗があり、ぷよまんだけではなく、ぬいぐるみ、文房具、食器、衣料品など、さまざまなグッズを扱っていたことが分かった。

今でいう「キャラクターショップ」に近かったのかもしれない。

広島駅にも店舗があった時期があり、宮島方面にも店舗があった。

だから、

「昔、広島にぷよぷよのお店がなかったっけ?」

という私のぼんやりした記憶は、ちゃんと実在したものだった。

しかも2026年、「ぷよぷよまんじゅう」が広島で売られていた

ここで調べていて、さらに驚いた。

ぷよまんの話は、完全に過去の話ではなかった。

2026年は「ぷよぷよ」35周年。

それを記念して、広島の老舗和菓子店「平安堂梅坪」から**「ぷよぷよまんじゅう 35周年記念限定パッケージ」**が販売されていた。

こしあん、クリーム、キャラメルあんが入った限定商品で、広島県内の平安堂梅坪や広島駅のekie店などで販売されたという。

調べてみると、今も販売されていた。

平安堂梅坪 | 「ぷよぷよ35周年記念商品」販売再開のお知らせ
吾作饅頭、柿羊羹、リーフパイ、安芸れもんなど、広島を代表する銘菓の数々。平安堂梅坪は、大正七年創業、広島の老舗和菓子所です。魅力あるお菓子でこころを豊かに。

なんだかすごい。

昔、広島にあった「ぷよまん」を思い出していたら、2026年の広島でも、ぷよぷよのおまんじゅうが販売されていたのだ。

そして同じ2026年に、ぷよぷよで11歳の日本人選手がアジア大会の金メダルを取った。

35年たって、いろいろなものがつながっている。

Windows 95で遊んでいた記憶も間違っていなかった

もう一つ、自分の記憶を確認してみた。

私は確かWindows 95のころ、パソコンでぷよぷよをよくやっていた。

これも調べてみると、Windows 95向けの「ぷよぷよ通」が発売されている。

1996年のことだ。

ということは、私が遊んでいたのはおそらくこのころ。

Windows 95。

今書いてみるだけでも懐かしい。

当時は「パソコンでゲームをする」ということ自体が、今とは少し違う感覚だった。

そんな時代に私はぷよぷよをやっていた。

その後、DSでも遊んだ。

けれど、いつの間にか遊ばなくなった。

私の「ぷよぷよ時間」は、そのあたりで止まっていたのだと思う。

実は私が遊んでいたころから、ぷよぷよは「競技」だった

今回調べていて、ここが一番意外だった。

私はてっきり、

「昔の人気ゲームだったぷよぷよが、eスポーツブームに乗って最近競技になった」

のだと思っていた。

違った。

私がWindows 95で遊んでいたころには、すでに本格的なぷよぷよ大会が開催されていた。

1995年には「全日本ぷよ協会」が設立され、「第1回全日本ぷよマスターズ大会」が開催されている。

1996年には第2回大会も行われた。

つまり30年以上前から、

「ぷよぷよが一番強いのは誰だ」

を競っていたのだ。

今なら「eスポーツ」と呼ぶような文化が、「eスポーツ」という言葉が一般的になるはるか前から存在していたことになる。

これは知らなかった。

考えてみれば、ぷよぷよは最初から対戦ゲームだった

でも考えてみれば、納得できるところもある。

ぷよぷよは、一人で黙々とぷよを消すだけのゲームではなかった。

相手がいる。

連鎖を作る。

相手におじゃまぷよを送る。

相手から大量のおじゃまぷよが送られてくる。

それをかわす。

さらに大きな連鎖を作る。

単純なパズルのように見えて、相手との駆け引きがある。

私はそこまで高度なことを考えて遊んでいなかったけれど、上手な人同士が戦えば、当然そこには戦略が生まれる。

同じゲームをやっているはずなのに、上級者の対戦を見ると、もはや私がやっていたぷよぷよとは別のゲームのように見える。

何手も先を考えながらぷよを積み、巨大な連鎖を作っていく。

だから競技になったというより、

もともと競技になるだけの奥深さを持ったゲームだった。

そう考えるほうが正しいのかもしれない。

ところが、ぷよぷよを作ったコンパイルは経営危機に

ぷよぷよが大ヒットしたコンパイル。

しかし、その後会社の経営は悪化する。

1998年には和議を申請。

その後、「ぷよぷよ」に関する権利はセガへ移っていく。

コンパイルは事業を縮小し、2002年にはぷよぷよシリーズの使用権を失い、その後活動を停止。

2003年には破産宣告を受けた。

私が、

「ぷよぷよの会社って、確かつぶれたんじゃなかったっけ?」

と思っていたのは、このことだった。

ただ、私はここで大きな勘違いをしていた。

コンパイルがなくなったことと、ぷよぷよがなくなったことは、まったく同じではなかった。

ぷよぷよはセガに引き継がれていた

ぷよぷよの権利はセガへ。

そこからもシリーズは続いた。

「ぷよぷよフィーバー」

「ぷよぷよ! Puyopuyo 15th anniversary」

「ぷよぷよ!! Puyopuyo 20th anniversary」

「ぷよぷよテトリス」

など、さまざまな作品が登場した。

私はDSで遊んだことがあるので、コンパイル時代だけでなく、セガに引き継がれた後のぷよぷよにも触れていたことになる。

でも、そんなことは特に意識していなかった。

「ぷよぷよはぷよぷよ」。

作っている会社がどう変わったのかまで考えず、普通に遊んでいた。

考えてみれば、それもすごいことだ。

会社がなくなっても、ゲームそのものは次の会社へ引き継がれ、世代を超えて残った。

2018年、ついに「プロのぷよぷよ選手」が誕生

そして2018年。

ぷよぷよシリーズは、日本eスポーツ連合(JeSU)のeスポーツ・プロライセンス認定タイトルになった。

同年4月には、初めて11人のプロライセンス選手が誕生。

賞金のあるプロ大会も開催されるようになった。

さらに2018年10月には、そのものずばり、

「ぷよぷよeスポーツ」

というタイトルがPlayStation 4とNintendo Switch向けに発売された。

現在はSteam版もある。

つまりこのころには、

「ぷよぷよが上手な人」

ではなく、

「ぷよぷよのプロ選手」

が存在する世界になっていたのだ。

私が知らない間に。

そして2026年、アジア大会へ

そして今回。

2026年の愛知・名古屋アジア競技大会。

eスポーツが正式なメダル競技として行われ、その種目の一つに「ぷよぷよ」が採用された。

そこで日本代表として出場した11歳の栗原悠輝選手が金メダルを獲得した。

ここまで調べて、やっと最初の疑問につながった。

「ぷよぷよで金メダルってどういうこと?」

こういうことだったのだ。

ゲームセンターや家庭のパソコンで遊んでいたゲームが、ある日突然スポーツになったわけではない。

1990年代から対戦文化があった。

全国大会があった。

会社が変わってもゲームは続いた。

プレイヤーたちも対戦を続けた。

そしてプロ制度ができた。

eスポーツとして大会が開かれるようになった。

その長い積み重ねの先に、

「アジア大会・ぷよぷよ日本代表」

が誕生したのだ。

11歳の金メダリストが最初に遊んだのは6歳のとき

栗原選手について調べてみると、これもまた面白かった。

ぷよぷよを始めたきっかけは、6歳のクリスマスに「ぷよぷよテトリス2」をプレゼントしてもらったことだったという。

6歳。

私がWindows 95でぷよぷよを遊んでいたころには、もちろんまだ生まれていない。

それどころか、そのずっと後に生まれた世代だ。

でも、やっている基本的なことは同じ。

ぷよを並べる。

4つつなげる。

消す。

連鎖する。

相手におじゃまぷよを送る。

1990年代に私たちが夢中になった遊びを、2020年代に生まれた子どもが極め、2026年に日本代表としてアジア大会へ出て、金メダルを取った。

なんだか不思議な気持ちになる。

ぷよぷよは2026年で35周年

そう。

ぷよぷよは2026年で35周年なのだ。

35年。

ゲームの世界では、とても長い。

35年前に流行したゲームの中で、今も新しい作品が作られ、子どもたちが遊び、プロ選手が存在し、国際総合競技大会の正式種目になっている作品が、いったいどれくらいあるのだろう。

キャラクターもかわいい。

ルールも簡単。

でも極めようとすると、とてつもなく奥が深い。

そのバランスが、ぷよぷよが35年間生き残った理由なのかもしれない。

「昔のゲーム」だと思っていたのは、私の時間が止まっていただけだった

今回調べてみて、一番印象に残ったのはこれだった。

私の中では、

ぷよぷよ
↓
Windows 95
↓
ぷよまん
↓
コンパイルがなくなる
↓
昔の懐かしいゲーム

という感じで、時間が止まっていた。

でも実際のぷよぷよは、その後もずっと進んでいた。

セガに引き継がれ、新しいゲーム機に対応し、新しい世代が遊び、対戦文化が続き、プロが生まれ、そしてアジア大会へ。

止まっていたのは、ぷよぷよではなく、

私の中の「ぷよぷよ史」だった。

YouTubeで「ぷよぷよで金メダル」という言葉を見なければ、たぶん私はずっと知らないままだったと思う。

久しぶりに、ぷよぷよをやってみたくなった

調べていたら、ものすごく久しぶりにぷよぷよをやってみたくなった。

昔のように連鎖できるだろうか。

たぶん、できない。

そもそも昔だって、それほど上手だったわけではない。

でも楽しかった。

Windows 95のパソコンの前で、夢中になってぷよを積んでいた。

DSでも遊んだ。

そして広島には、ぷよまんがあった。

その記憶の向こう側で、ぷよぷよは35年間ずっと続いていた。

2026年。

広島では35周年の「ぷよぷよまんじゅう」が売られ、

アジア大会では11歳の日本代表選手が金メダルを取った。

こんな未来になるなんて、Windows 95で遊んでいたころの私は想像もしなかった。

でも考えてみれば、あれだけ面白かったゲームなのだ。

35年たっても誰かが夢中になっていることは、そんなに不思議なことではないのかもしれない。

そして今度ぷよぷよの画面を見たら、

「懐かしいゲームだな」

だけでは終わらないと思う。

あのぷよぷよ、今ではアジア大会で金メダルを争う競技になっている。

そう思うだけで、ちょっと見え方が変わりそうだ。

ところで、なぜ「ぷよぷよ」なの? テトリスではダメなの?

ここまで調べて、また一つ疑問が出てきた。

アジア大会のeスポーツって、ぷよぷよだけなのだろうか。

調べてみると、もちろんそんなことはなかった。

2026年の愛知・名古屋アジア大会では、ぷよぷよのほかにも「ストリートファイター6」「鉄拳8」「ポケモンユナイト」「グランツーリスモ7」「eFootball」など、11種目13タイトルが採用されている。

正直に言うと、私はこの中のゲームをほとんど知らない。

だから、それぞれについて詳しく語ることはできない。

でも、一つだけ気になった。

なぜ、ぷよぷよなのだろう。

パズルゲームなら、テトリスだってある。

むしろ世界的な知名度で考えれば、「テトリスが入っていてもよさそうなのに」と思った。

ところが今回、パズルゲームとして採用されたのは「Puyo Puyo Champions(ぷよぷよeスポーツ)」。

テトリスは入っていない。

では、なぜぷよぷよが選ばれたのか。

これについて調べてみたのだけれど、少なくとも私が確認できたアジア・オリンピック評議会などの公式発表では、「なぜぷよぷよで、なぜテトリスではないのか」というところまで詳しい理由は説明されていなかった。

だから、勝手な理由をつけるのはやめておこうと思う。

ただ、ぷよぷよには1990年代から対戦大会があり、現在ではプロ選手がいて、公式大会が継続して開催されている。

今回の日本代表についても、公式大会などを経て選考が行われている。

そう考えると、私が思っていた以上に「競技として戦うための土台」が長い年月をかけて作られてきたゲームなのだ。

それにしても不思議だ。

Windows 95のパソコンで遊んでいたころの私は、

「いつかこのゲームで日本代表が選ばれて、アジア大会で金メダルを争う」

なんて、想像したこともなかった。

プロフィール
この記事を書いた人
たけのこ

50代女性会社員です。子育てがひと段落し、趣味を楽しみながら定年までの会社員生活を過ごしています。
趣味はサンフレッチェ広島を中心としたJリーグ観戦。最近はWEリーグも気になり始めました。その他、好きなYoutuberさんの話など、日々気になったことを綴っています。

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