『ラストノート』第10話。
最終回を前にして、ようやく葵が自分の気持ちに正直になろうとした。
眞澄の言葉を受けて澄晴の前から姿を消し、「澄晴のため」と別れを選んだ葵。
しかし、旅先で出会った貴和子の言葉や、眞澄が遺した手紙によって、葵の気持ちは少しずつ変わっていく。
そして、もう一度澄晴と生きていきたい――。
ようやくそこまでたどり着いたと思った。
ところが最後に待っていたのは、澄晴からの「一緒にはいられない」という言葉だった。
今度は澄晴?
そう思った人も多かったのではないだろうか。
「相手のために別れる」は、本当に相手のためなのか
第9話で眞澄から、澄晴と別れてほしいと言われた葵。
眞澄が心配していたのは、20歳年上の葵と生きる澄晴の未来だった。
親として考えれば、その心配も理解できなくはない。
今はよくても、この先はどうなるのか。
年齢を重ねる速度は同じでも、20歳という差はなくならない。
いつか澄晴が葵を支える時間が長くなるかもしれない。澄晴が一人になる日が早く来るかもしれない。
親なら、そんな未来まで考えてしまうのだろう。
葵自身もまた、眞澄の言葉によって、同じことを考えてしまった。
そして「澄晴のため」に、自分が身を引く。
でも、それは本当に澄晴のためだったのだろうか。
澄晴はずっと、葵と一緒にいたいと言っている。
その澄晴に相談することなく、葵が「あなたの将来のため」と別れることを決めてしまえば、結局は澄晴が自分の人生を選ぶ機会まで奪うことになる。
第10話は、そんな問いを投げかけていたように思う。
貴和子の言葉が葵を動かした
一人でペンションを訪れた葵が出会ったのが、西村貴和子だった。
貴和子にも、かつて大切な人との恋があった。
その恋を今では懐かしく思い出せる。
なぜそう思えるのか。
貴和子の話で印象的だったのは、当時、自分の気持ちを出し切ったからこそ、今はその恋を思い出として振り返れる、ということだった。
これは恋愛だけの話ではないように思う。
人生には、「やって後悔したこと」と「やらずに後悔したこと」がある。
もちろん、やらなかったからこそよかったと思えることもある。
だから「何でもやってみればいい」と単純には言えない。
それでも、やらなかったことについては、ときどき思う。
「あのときやっていたら、どうなっていただろう」と。
やってみた結果なら、うまくいかなかったとしても、それが自分の人生の一部になる。
貴和子が昔の恋を「懐かしい」と振り返ることができるのは、自分でその恋を生き切ったからなのかもしれない。
一方の葵は、まだ澄晴との恋を思い出にはできない。
忘れるには、大切すぎる時間だった。
だからこそ、貴和子との出会いには意味があったのだと思う。
眞澄が最後に葵へ残した言葉
さらに葵を動かしたのが、亡くなった眞澄からの手紙だった。
かつて葵に「澄晴と別れてほしい」と頼んだ眞澄。
しかし最後には、自分が言ったことを忘れ、澄晴と葵自身を信じて道を選んでほしい、という思いを葵に残していた。
眞澄自身もまた、考えたのではないだろうか。
息子の人生を心配することと、息子の人生を決めることは違う。
親として心配する気持ちは消えなくても、最後にどの道を選ぶかを決めるのは澄晴自身だ。
20歳差だから将来何も問題がない、という話ではない。
問題が起きるかもしれない。
苦労するかもしれない。
それでも、その未来を選ぶかどうかまで周囲が決めることはできない。
第10話まで見てきて、このドラマが描こうとしている20歳差の恋の一つの答えが、ここにあるようにも感じた。

莉奈も優子も「自分の気持ち」を出していた
考えてみれば、このドラマに登場する人たちは、それぞれかなり正直に自分の気持ちをぶつけてきた。
莉奈もそうだった。
優子もそうだった。
ときには「そこまで言う?」と思うこともあったけれど、二人とも自分の感情から逃げなかった。
そして第10話では、そんな莉奈たちが逆に葵と澄晴を後押しする側になっている。
自分の気持ちを出し切ったから、次へ進むことができた。
そう考えると、貴和子の話ともつながってくる。
このドラマで、実はいちばん自分の気持ちを押し込めていたのは葵だったのかもしれない。
大人だから。
20歳も年上だから。
澄晴の未来を考えなければいけないから。
そんな理由を一つずつ外していった先に残ったのが、「それでも澄晴と一緒にいたい」という葵自身の気持ちだった。
やっと葵が決めたのに、今度は澄晴?
だからこそ、ラストには驚いた。
ようやく葵が自分の気持ちで人生を選ぼうとした。
ところが、澄晴は「一緒にはいられない」と告げる。
それまで葵を求め続けていた澄晴の態度から考えると、あまりに大きな変化だ。
なぜ、ここで澄晴は葵を拒んだのだろう。
一つ考えられるのは、やはり「絵」だ。
葵と離れている間、澄晴は思うように絵を描けなくなっていた。
ところが葵から連絡が来ると、再び絵を描くことができた。
それは一見すると「葵が澄晴の創作の原動力になっている」という美しい話にも見える。
でも、澄晴自身は逆に怖くなったのかもしれない。
葵がいなければ絵を描けない。
葵がいなければ自分を保てない。
そんな自分のまま葵と一緒にいていいのか、と。
斎木に「絵を描く原動力」を尋ねたことも、その迷いにつながっているように見える。
まずは葵がいなくても自分の足で立てる人間にならなければならない。
そのうえでなければ、葵と一緒に生きていくこともできない。
澄晴はそんなふうに考えたのだろうか。
ただ、そう考察できる一方で、正直なところ、少し唐突にも感じた。
それまでの澄晴は、何度拒まれても葵を求め続けていた。
その澄晴が、葵がようやく自分の意思で戻ってきたタイミングで拒む。
最終回へ向けてもう一つ大きな壁を作る必要があったのかもしれないが、「急にどうしたの?」という印象が残った人もいるのではないだろうか。
「好きだから一緒にいる」だけでは終わらないドラマ
考えてみれば『ラストノート』は、最初から単純に「20歳差でも好きならいいじゃない」というドラマではなかった。
葵はどう思うのか。
澄晴はどう思うのか。
親はどう思うのか。
友人はどう思うのか。
そして、それぞれの気持ちを知ったとき、本人たちはどうするのか。
誰と生きるのかを決めるとき、私たちは本当に自分の気持ちだけで決めているのだろうか。
相手の将来。
親の気持ち。
年齢。
仕事。
自分自身の生き方。
いろいろなものが絡み合って、一つの選択になる。
だから「好きなら一緒にいればいい」というだけでは終わらないのだろう。
後悔しない選択とは何だろう
第10話を見て残ったのは、この問いだった。
後悔しない選択とは何だろう。
正しい選択をすることなのか。
周囲を安心させる選択なのか。
それとも、自分が本当に選びたかった方を選ぶことなのか。
やらなかったからこそよかった、と思えることだって人生にはある。
それでも、やらなかった道には「あちらへ行っていたら、どうなっていただろう」という思いが残ることがある。
貴和子が昔の恋を懐かしく話せたように、自分で選び、自分で経験したことなら、たとえ終わったとしても、いつか自分の人生として受け入れられるのかもしれない。
葵はようやく、自分で選ぼうとした。
今度は澄晴の番なのだろう。
澄晴が最後に葵を拒んだ本当の理由は何なのか。
そして二人は、周囲の誰かのためではなく、それぞれが自分で選んだ答えとして、一緒に生きる道を選ぶことができるのか。
最終回では、二人が「20歳差」という問題をどう乗り越えるか以上に、葵と澄晴がそれぞれ自分の人生をどう選ぶのかを見届けたいと思う。






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